南三陸に贈られたサッカーフラッグ

ケンペス

2015年02月01日 18:22

山雅のビッグタオマフが掲げられたこちらは、松本の街中、上土(アゲツチ)ふれあいホールです。

昨日開催された「マツモト・フットボール映画祭2015」に合わせてのイベント。

ホールの壁には、Mサイズの山雅フラッグが縫い合わされた特大フラッグが掲げられ、お客さんを出迎えます。

会場は2階。階段の壁には、ソリさんのフラッグ。

そして今季10番を背負うことになった塩沢選手のフラッグも。

山雅だけではなく、他クラブのフラッグも飾られています。

各クラブのフラッグが何枚も合わさって、パッチワークのようになっている~!

J1のクラブ、J2のクラブ、垣根はありません。

サッカークラブのフラッグ展示会!?
展示というえばそうなんですが、「南三陸・伊里前福幸商店街フラッグ展示会」です。
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた南三陸歌津の伊里前福幸(フッコウ)商店街に届けられたフラッグ群です。

被災して商店街を再開したころ、はためく大漁旗が商店街を勇気づけていたのですが、そろそろ漁師さんに返さなければならなくなり、代わりの旗を探していると呼びかけたところ、多くのクラブサポーターが贈ったものです。長年の潮風で傷んでしまっているフラッグも展示されていました。

地元の方々が松本にいらして、海産物などの名産品を販売していました。

大漁旗で作られたストラップも。

被災当時や復興の状況が伝わる映像が上映されていました。津波が町を襲うシーンもあったのですが、言葉にできないほどの衝撃です。。

いまだ仮設住宅での生活や他の地域での避難生活を余儀なくされている被災者や、心の傷が癒えない遺族の方がいるわけです。なんの手助けもできず、手助けになる方策を模索しようともせず、自己の安寧に浸っているわが身に後ろめたさやもどかしさを感じてしまいます。。

たまに募金などをするぐらいなので。。

形になる支援ができなくとも、少なくとも心は被災地の人々に寄り添っていきたいと思います。

いつかは被災地を訪れてみます。そのときに自分にできることがあれば、してみたい。

とりあえず昨日は、商品をいくつか買わさせてもらいました。平成の森仮設住宅のおかあさんが作ったストラップやモアイ飴など。1960年のチリ地震をきっかけに親交が結ばれたイースター島と南三陸町、、そんなことがあったなんて、知りませんでした。

山雅フラッグを商店街に届けたガンズサポの根本さんと山雅スタッフのガチャ片山さんに挟まれているのは、坂下さん。
震災直後から復興ボランティアとして活動をされて、今は町に定住し、町のため商店街のために働いています。坂下さんを紹介した記事がありました。
http://miyagifukkououentai.jp/?page_id=1501

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